日本農薬株式会社 「農業 × 人材 × 未来」 RECRUITING

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世界に羽ばたけ!
フェニックスVol. 2 Make the world with"Phoenix"

チョウやガなどのチョウ目害虫の幼虫による食害から農作物を守る殺虫剤「フェニックス」。日本農薬グループのけん引役としてめざましい働きを見せている。その誕生から世界展開にいたる歩みを紹介する。

Chapter 1続く快進撃

伸び盛りのフェニックスですが、どのような特長をもった殺虫剤ですか。

チョウ目類であるチョウやガの幼虫に特異な殺虫作用をもっています。チョウ目害虫はキャベツ、白菜、レタスなどの葉菜類、お茶、果樹などの葉や果実をバリバリかじります。食欲旺盛な分だけ食害も大きい害虫です。

世界で販売される殺虫剤を見ると、金額ベースの3割、防除面積ベースの4割がチョウ目向け殺虫剤で占められています。フェニックスは狙った害虫を筋収縮という形で摂食不能にし、餓死にいたらせます。一方で、人畜には安全性が高く、天敵などの有益な昆虫にはきわめて影響の少ない薬剤です。

狙ったチョウ目害虫にピンポイントで届き、効能が長時間持続することに加え、既存の殺虫剤に抵抗性のある害虫にも効くというメリットがあります。

Chapter 2面白いものが見つかった

誕生のきっかけを教えてください。

入社から10年目だったと思います。当時、研究所で除草剤の探索研究を担当していたのですが、新しい骨格をもつ、ある誘導体に注目し、検討を始めていました。作物への薬害が強くて日の目を見ることなく中止となりましたが、その課題を克服しようと別の誘導体を合成して生物試験をお願いしたところ、チョウ目害虫に面白い作用を示すことが分かりました。

遠西とは同期です。私は生物試験を担当していました。新しい化合物が生まれると、その効能をテストする役割です。

探索研究では合成と生物評価は一体です。この化合物は効く、これはダメというキャッチボールをしながら、研究を進めていくわけです。

新しい化合物が世に出るのは簡単なことではありません。チョウ目類に特異な作用をもつ新規性に注目と期待が集まりました。

Chapter 3ものになるのは万に1つ

初めは研究テーマに入っていなかったそうですね。

除草剤が専門でしたから…個人的な興味で残したサブテーマにすぎません。そんな形の探索が3年ほど続きました。

一定以上の活性が認められなければ研究テーマにはなりません。上司の説得も大切です。

試行錯誤を繰り返しましたが、思ったほど活性が上がりません。そこで上司の理解を得て、コストを度外視してでも活性を追求しようということになりました。

なかなかできることではありません。彼はクレージーだったわけです。

今だから言えるのですが、もうダメかと思う時期もありました。遠西らはそのたびに化合物のデザインを変え、新しい化合物を作りました。

これまで使ったことのない合成原料も視野に入れました。その結果、次第に活性も上がっていきました。

当時、私も研究所にいました。この化合物を何とかものにしろということで内々にプロジェクトリーダーを仰せつかりました。

Chapter 4開発決定から販売へ

2000年には開発決定が行われますね。

1998年にはフルベンジアミド(フェニックスの農薬一般名)という有効成分の探索に目途が立ち、会社がゴーサインを出したのは2000年です。当時、経営的にはかなり厳しい時期でした。販売を前提に登録手続きから製造設備の準備まで新たな投資が必要となります。経営陣も大きな決断だったと思います。

工業的な合成も課題だったと聞いています。

新しい可能性をもった化合物が見つかったわけですが、利益を生みだせる安く作る製造法の確立が大前提となります。

当初合成された化合物は非常に高価なものでした。もっと安く作れることが遠西を含めた総合研究所の化学陣の課題となりました。

フルベンジアミドの構造は、3つの部位からなります。うち1つは農薬にはあまり使わないヨウ素原子からできていました。安価に作る方法はないかというわけです。もう1つは当時古典的な方法により長い工程を経なければ合成できなかったヘプタフルオロイソプロピルアニリンをどのような方法で実現するか……どちらも難問でした。

複雑なステップを経ないとできないのがこの新規化合物の弱点でした。ところが新規のプロセス化学の手法を使って、研究陣はその課題を見事にクリアしたのです。2011年の日本化学会化学技術賞を受賞し、学会でも評価されました。

幾度かの検討を経て、新しい合成法にいたりました。ヨウ素原子の導入法に触媒としてパラジウムを用いたことで成功にこぎつけました。後で知ったのですが、ヨウ素は千葉県の地下から採れるかん水という太古の水から得られ、パラジウムは隕石により宇宙からもたらされたのでは・・・とのことです。

プロセス化学の飛躍的な進展により1ステップで、しかも高収率で重要中間体が得られるようになりました。これが安価な製造法につながったのです。

Chapter 5日本、そして世界へ

長い研究開発を経てついに発売を迎えましたね。

選抜に7年、開発決定から販売開始までにさらに7年が経過しました。国内発売にこぎつけたのが2007年です。

製造に目途が立つと、私はマーケティング部に異動となり、販売に必要な技術資料をまとめることになりました。

一般的な殺虫剤のTVコマーシャルでは、害虫がコロリと落ちて死にますが、フェニックスでは農作物にしがみついたまま……。どうやったらお客様を納得させられるかが一苦労でした。

農業試験場、JA(農協)、農家の皆さんに、既存の殺虫剤との違いを伝えるため動画(DVD)にしました。フェニックスを使うと、害虫の摂食行動が止まり、農作物の被害が食い止められていくのが一目で分かります。

ただ、どんなに凄い殺虫剤が誕生しても、国内の耕作面積はほぼ横ばいです。大きく伸ばすためには、海外展開が必要になります。世界の農薬市場は2000年の売上高ベースで2兆7,800億円(1ドル100円で換算)だったものが、2010年代に入ると年率10%を超える2ケタ成長が続き、2013年には5兆4,200億円に成長しています。

人口増加と経済成長ですね。

世界の人口はすでに70億人を超え、2050年には90億人を突破すると見られています。食糧の増産が必要なのに加えて、経済成長が続くアジア圏では、食の豊かさを追求する動きも加速しています。

だれもがお肉を食べるようになってきました。

巨大な人口を抱える中国は自国の大豆生産だけでは間に合わず、ブラジルから大量に大豆を輸入するようになりました。

ブラジルはアメリカを抜いて世界一の農薬使用国になったようですね。

世界の食料供給地ですからね。

ブラジルでは毎年270万haずつ農地が拡大しています。日本の水稲面積が約160万haだから、日本の水田を上回る耕作地が年々増えているわけです。セラードと呼ばれる荒地を改良して農作物を植えるのですが、高温多湿の気候のため病害虫が発生しやすく、さらに侵入病害虫が追い打ちを掛けています。2003年以降大豆さび病が、2010年代になりチョウ目害虫のオオタバコガが大発生しています。

Chapter 6さらにスピード感をもって

世界での販売を念頭にバイエルクロップサイエンス(BCS)社との連携もスタートしましたが……。

農薬の販売には国ごとの登録取得が欠かせません。登録に必要な申請用データ作成を両社で協力しました。

通常なら国内の販売を先行させ、それが軌道に乗ってから海外という手順ですが、国内・海外をほぼ同時に立ち上げていきました。

海外企業でもチョウ目害虫に対応する殺虫剤を開発していました。BCS社と組むという判断は妥当なものだと思います。

フルベンジアミド(フェニックスの有効成分名)は、2007年に国内で登録を取得、2009年にインドおよび中国でTAKUMI、米国およびブラジルではBELTとして登録が完了。2010年以降の販売に弾みがつきました。

Chapter 7新ビジョン達成に向けて

飛躍の舞台はグローバルというわけですね。

日本農薬グループでは「Nichino Group-Growing Global 世界で戦える優良企業へ」というビジョンを掲げ、2018年度の売上高1,000億円を通過点とし、やがては世界トップ10の事業規模を誇る研究開発型企業を目指しています。

創薬力の強化と開発の早期化、海外事業展開の強化、国内営業の強化と安定化、製造力の強化、農薬外事業の選択と集中などの課題に取り組んでいます。

現在、私は新しい剤の工業的製造法の研究を担当していますが、社内の空気は意欲にあふれています。

遠西さんは研究所の若手の動きに何か注文はありませんか。

会社から与えられたテーマだけでなく、自分が関心をもてるテーマに意欲的に挑戦してほしいと思っています。

挑戦する思いだけはいつまでも持ち続けたいですね。フェニックスの伸び代はまだまだあります。私も新規の適用拡大を進めるとともに、生物評価の技術支援を続けていきます。

お互い、もうひと踏ん張りしないとね。